クオリア次元論

私が「動ける」のは4次元軸のお陰であり
私が「選択できる」のは5次元軸のお陰であり
私が「貴方」と会話できるのは6次元軸のお陰である。

共通法則(定義)

次数法則

次元とはすなわち、「世界のサイズ」的なものではなく、「世界の自由度」である。
1次元でも7次元でも要素数は同じであり、ただその幾つが「自由に出来るか」でしかない。
次元内の要素を「次数」と言う。次数は以下のようになっている。

1 X
2 Y
3 Z
4 T
5 I(if)
6 C(collective consciousness)
7 W(Worlds)

自由に出来ない次数は、その次元視点で見ると連続性を見いだせない。その瞬間瞬間を見る事しかできない。
また、自由に出来ない次数は、その次数に「意味」を持つが、自由に出来る次数は、その次数に意味を持たない。
例えば我々が最も考えやすい世界である3次元を例に挙げれば、自由に出来る次数は1~3であるが、
これら3つの要素X,Y,Zはそれぞれの意味をなしえず、我々が「空間」と呼ぶ場所の一点を決める要素でしかない。
X,Y,Zはそれぞれを交換し合う事による弊害は殆ど無く、要素の意味は曖昧である。
だが自由にならない4~7の次数に関しては明確に「意味」があり、それらは明確に分担を持ち我々の生活を左右する。
それと同じように1次元視点から見た場合、Y,Zは明確に意味を持つ。
だが、それは我々で言うところの「方位」とも「Xに対する相対的に直交する軸」とも違う意味である。
なぜなら1次元でいうXは、X方向の線をいくら折り曲げてもその自由方向がXとなる為である。

相似法則

全てのn次元とn+1次元の間には、相似法則が成り立つ。
具体的には、n+1次元がn次元に与える作用は、全ての次元で全く同じであるという事である。
我々は3次元を限界とする認識を持つ生命である故に、4次元以上の世界を俯瞰してみる事は出来ない。
だが、その4次元からの作用がどういうものになるかを「具体的に」実感出来るようになる事で、少し4次元が理解できる気がするだろう。
相似法則は全ての事象において成立するが、ここでは2つの例を挙げて説明する。

1つめは、次元の折りたたみである。
n+1次元においては、n次元を加工してn+1次元の物体に疑似加工する事が出来る。
具体的には、紙を切り、折れば立方体を作る事が出来る。
その2次元的な形は「やっこ」のような形であるが、2次元視点ではその「やっこ」の周りを一周すれば、それが「やっこ」の形であると認識できる。
これは4次元にも当てはめる事が出来る。
4次元的な立方体を展開すると3次元になる。その形は立方体を「やっこ」のように組み合わせたものになるだろう。
当然3次元視点ではその立方体の固まりを「T軸に」折り曲げることはできない。だが4次元視点ではそれが出来る。

2つめは、次元の通過である。
n+1次元の物体をn次元に通過させると、n次元では突然無の空間から物体が現れて、消えていく様に見える。
例えば、2次元平面に球体を通過させると、二次元平面上では突如円がわき出て来て、それが大きくなり、そして小さくなり消えていく。
それと同様に4次元的球体を3次元世界に通過させると、空間に突然「点」が出現し、それが徐々に大きな球体になり、そして縮み、点になり消える。
これは、我々が老いたり、形有るものが崩れ去る事と大きな関わり合いがある。

「まっころ」な立体?

完全にまっすぐな直線(X≠0、Y=0、Z=0、T=0、角度は自由方向だが折り目も湾曲も無し)は、1次元空間において完全な形を確認可能である。
完全にまったいらな平面(X≠0、Y≠0、Z=0、T=0、角度は自由方向だが折り目も湾曲も無し)は、2次元空間において完全な形を確認可能である。
完全に○○な立体(X≠0、Y≠0、Z≠0、T=0、角度は自由方向だが折り目も湾曲も無し)は、3次元空間において完全な形を確認可能である。
…この3つの状態は、次元相似の法則に従えば当たり前の事を書いているまでだ。
だが我々は、1次元と2次元(前者2つ)については想像できるものの、3次元については想像できない。
そもそも「まっすぐな直線」に当たる3次元版の言い方は存在しない。
自分たちの認識できない空間に飛び出た図形など、常識では認識出来ないのだから当然それを表現する言葉も無いだろう。
ここではそれを「まっころ」と言う(馬鹿げた発音ですみません)。「まっころ」とは、4軸目が完全に0である立体を意味する。

ちなみに、この「まっ○○な○○」は、各次元において最も自然な形状だと思いがちだが、実は逆。自然界には全く存在しない。
「それじゃ3次元空間にある数多の立体物は何だ!?机や箱は、3次元的に完全な形であり、次元変移のような不思議な部分は無いよ!?」と思われるかもしれない。
だが、実際それらは全て4次元方向に厚みがある。これは4次元の項で説明する。

次元解説

0次元:点世界

0次元には自由な次数は存在しない。X以上の全ての要素が、一定方向に(見かけ上の)一定速度で進んでいく。
0次元においては、XもYもZもそれぞれ意味があるが、その「意味」を3次元の我々が知る事は出来ない。
そもそも、我々が「時間軸」と呼んでいる4つめの長さも、4次元の連中からしてみれば「意味」を失っているのである。

1~2次元:線世界、面世界

これらの次元の性質は、「共通法則」の項で語った事がほぼ全てである。
我々にとって、最もイメージしやすい次元群であり、また身近でもある。

だが実際の2次元は、Z軸方向(別に厳密な絶対方角のZ軸が存在するわけではない。ここでは該当2次元に直交する軸をZとしている)に対して
運動をしていたりしていなかったりする。それにより、(局所次元的に見れば)3次元的な物体が通過したりしなかったりしており、
それが2次元空間における「変化」となって現れている。

3次元:立体世界

我々の認識でき、住まう世界である。
我々は0~2次元までを、自らの世界内に存在する従属的な次元だと考えやすいが、実際はそれぞれの次元は対等であり、全くの別である。
現にわれわれは、どんなに小さな物質(例えばクオーク)で面を構成しようとも、それは2次元空間にはならない。厚みが存在する為である。
3次元は3次元であり、2次元とは主従関係でも何でも無いのである。

3次元に住む我々にとって最も興味が尽きないのは、自らにとって身近な存在であり、しかし全く自由にならない4軸目の事だろう。
では、我々の言う「時間軸」とは、もっと客観的な観点から見た場合、どのようなものなのか。
我々が4軸目を「時間軸」と言わしめているのは、その軸が我々からすれば「直線運動」をしているからに他ならない。
時間は進むばかりであり、戻らない。緩やかに加速減速はするものの(一般相対性理論)、常にT軸は増大する。
では、「直線運動」をしない4軸目はあり得るのだろうか。

結論から言えばあり得る。それは、その閉鎖された3次元空間(別世界)ごとに異なる。
たまたま我々の3次元空間は、T軸方向における不自由さの法則が「直線運動」だから「時間」となっているに過ぎず、
他の3次元空間では「周期運動」かもしれないし「ブラウン運動」かもしれない。
そうなれば、その空間における4軸目は「時間」とは呼ばないだろう。
その世界の3次元生命体は、老いて若返り、老いて若返り…を永遠に繰り返すのが常識かもしれない。

我々は常識的に「宇宙に宇宙人はいると思うが、我々と全く同じ姿をしている事は無いだろう」と思っているし、
「宇宙に地球に似た星はあれど、我々の地球と全く同じ形状をしている星は無いだろう」と思っている。
それと同じで、「我々と違う3次元空間」における4軸目においても、我々の3次元空間と同じ動き方をしている別3次元空間は皆無なのである。

4次元:時間世界

4次元空間という言葉には夢がある。だが、実際にはさほど夢はない。
我々が4次元空間を指して「夢がある」というその理由の殆どは、「5次元空間」の専売特許だ。
例えば、4次元空間では時間が自由自在だから、過去に戻って別の選択が出来る…と言われる。
それはその通りであり、実際それで窮地を逃れる人もいるだろう。
でもそれは、目隠しをされて選び直しているだけで、結局結果としては同じ運命になる事も多い。
これが完全に解決されるのは5次元である。

では、4次元空間には何があるのか。
そこには我々の世界の4次体が存在する。
4次体とは、XYZに広がりがある立体にプラスして、T方向にも広がりがある物体?である。

立体の4次元版、4次体とはどのようなものだろうか。
4次体は全く特別なものではない。我々は全て4次体である。
分かりやすい例えで説明しよう。
2次元に咲く薔薇があるとする。更にイメージしやすくする為に、映像作品で薔薇のつぼみから枯れるまでのムービーがあるとする。
そのムービーの全フレームをZ軸で1ミリ単位に配置すると、薔薇が蕾の状態から枯れるまでの、連続した立体模型が出来るだろう。
この立体模型を固定し、XY2次元空間をZ軸に向かって等速で移動させれば、薔薇が咲き枯れていく。(次元の通過法則)
次元相似の法則で、これは4次元と3次元でも適用される。
結論から言えば、我々も、卵子1つから火葬されて灰になるまで(本当はもっと前、もっと後もある)の4次体なのである。
それを、T軸に向かい∞fpsで進行する4次元立体ムービー(3Dムービーではない、4Dムービー!)なのだ。

だから、もし我々が「4次元的な目」を持っていたならば、我々は「自分の一生」を「物体」として俯瞰できる。
様々な過去から、現在のポイント(XYZTの固定点)を経て、様々な未来までの「1パターンのみ」を物体として見られるのである。
この「1パターンのみ」という所がくせ者なのだ。
この「1パターン」は、4次元空間上をXYZTどの方角に移動したとしても、全然違う形状の「別の1パターン」に変身する。
具体的には、「自分の一生」という物体のどこか1点を、X軸方向に1ミリ移動したら、その「自分の一生」という物体全てがガラッと変身するのである。
だが、それがどのような形に変身するかは、4次元空間上では予測不能だ。
それを俯瞰できるのは、次の5次元空間である。

5次元:可能性世界

XYZTが厳密に指定された1点にある物質を、どれかの軸に対して1ミクロンずらしたとしよう。
それは、5軸目であるI軸の移動を引き起こす。
我々は、自らの意志にかかわらずT軸が移動しているから、必然的に5軸目であるI軸もどこかに移動し続けている事になる。
I軸は、T軸と違い「直線運動」をしてない。これはどちらかというと「ブラウン運動」に近い。
自由にならないという点ではT軸と一緒だが、その挙動はまるで違う。

と、難しい話をしているが、簡単に説明する方法がある。
今から次の瞬間、貴方が右手を挙げるか挙げないかで、5次元軸は全く違う方向に移動する。
5次元の新規座標である「I軸」は、これから貴方が取り得る全ての要素(当然、δ直前からXYZTが連続している事が「取り得る要素」の条件)において展開する軸である。
ここで「貴方が」と言った。だが、世の中は自分の意志決定だけが全ての可能性ではない。
詳しくは6次元で説明するが、5次元では「貴方」という明確な「個」が存在する。
もっと言えば、5次元までは「個」の世界なのである。そしてその「個」とは、6軸目の要素なのだ。

もし我々が「5次元的な目」を持っていたならば、我々は、自分が生まれてから全ての行動可能性を物質として俯瞰できる。
もの凄く絞って見ると、貴方の身体は樹状に広がっていき、ある分岐は途中で死に、ある分岐は長く続いていく。
先に4次元の説明において、夢があるのは5次元だと伝えたが、まさにこれである。
5次元的俯瞰をする事によって、我々は自らの一生の、いつ如何なる時にどれくらいの「IF」を選択したか、その結果が全て俯瞰できるのである。
だが、この5軸に樹状に広がる自分の身体、他人の身体、大地の状態など、全ての要因は、やはりXYZTIどの方向にδ移動しただけでも、全然違う形状の樹状に変わってしまう。

6次元:集合世界

今までは物質世界(D波世界)だけを取り扱ってきた。6次元以降では、精神世界(H波世界)をも念頭に置かねばならない。
ここではまず、「クオリア」という概念を説明しなければならない。
世界というのは非常に複雑な構造をしている為、人間がその全貌を理解することは不可能である。
今回説明しているこの「クオリア次元論」もまた、世界の次元に関する絶対的な法則を説明するものではなく、「この前提の元ではこう定義できる」という、ニュートン力学的なものである。
クオリア次元論は、クオリアに基づいて、クオリアを基準にした次元説明方法である。
クオリアとは、本来の意味とはかけ離れるが、ここでは「個人の意識」と定義する。実際には、生命1つ1つの精神世界アドレス1つが、1クオリアである。

5次元までの次元は、1クオリア単位でも観測が可能な次元であった。
クオリアは個人とニアイコールである為、いわゆる「自分の意志」によって全てが思い通りになる最高次元は5次元である、ということになる。
人間(というか生命)は、どうしても客観的に物事を見ることができない。なぜならそれは100%、自分という存在にしたいし、相対的にどうかで世界を見る為である。
その為、6次元より先は、非常に理解しがたい次元になってくる。

6次元は、5次元の可能性世界をいとも簡単に変えてしまう。
それは、4次元で一本になっていた「私の人生の4Dモデル」が、5次元軸(I軸)を1ミクロンずらしただけで、全く違う形になってしまうのと同じで、
5次元軸による「私の人生の全てがわかる5Dモデル」も、6次元軸(C軸)によって、いとも簡単に形を変えられてしまうのである。
しかもしれは、自分という個人の意識の範疇外、すなわち「他人の意識」によって行われる。
そう、クオリア次元論における6軸とは、「自分」と「他人」の境界線の事を指す。乱暴な言い方をすれば、「他人の精神世界こそが6軸」なのである。

現実的ですごく分かりやすい言い方をすると、あなたがまっすぐ10m歩こうとしているとして、その間に他の人が横から割り込んできたら避けるかもしれない。ぶつかるかもしれない。
5次元ではそれを制御できない。なぜなら、「他人」がいつ、どこで、どのように干渉してくるかは5次元ではわからないからだ。
だから、6軸(C軸)の移動というのは、あなたがどんなに頑張っても、1クオリア如きでは自由な操作はできない。これは力の有無に関係無しに、物理的に出来ないのだ。
あなたはどんなに超高度な技術を会得したとしても、この乱れ飛び、全くコントロールの効かない超的なランダム移動(ホワイトノイズ的移動)をするC軸をコントロールすることは不可能なのである。

それを行うには、あなたというクオリアを脱して、それを俯瞰する存在にならねばならない。
そう、それこそが7次元的存在、俯瞰視点を持つ者である。

7次元:多元結合世界

6次元のC軸を支配することができると、この1つの「世界」の森羅万象を全て見通す事が出来る。
無限に存在する“1クオリア分”の可能性が、更にその無限の無限乗に存在する“他クオリアとの干渉”によって変化する可能成分の全てを、全クオリア分見渡すことができるのである。
宇宙において、物質や波動というものは「結果構成されたもの」である。では「何の結果」かといえば、H波、すなわち「意志」によって構成されたものである。
この世界では、宇宙(エクサピーコ)以下、銀河、恒星、惑星含め、全ての塊には意志がある。その塊というものさえも、意志が構成した結果なのだ。

そう考えると、「物質世界とは想いの産物である」ことが容易に理解出来る。
そう、世界のジェネレーターはH波であり、H波がD波(物質)を作っているのである。
クオリア次元論とはすなわち、H波、精神世界を基準とした世界の構成を体現するものであって、それは創造系(H波)から見た世界(D波)の概要である。

なお、7次元を俯瞰するには8次元である必要がある。8次元から俯瞰すると、これらの7次元世界、一般的に言うところの「世界」を外側から俯瞰出来る。
すると、更に大きな枠で、世界と世界が干渉し、影響を及ぼしている様を見る事が出来るだろう。
具体的に言えば、我々の住む地球のあるビッグバン宇宙と、ラシェーラのあるエクサピーコ宇宙も、壮大な干渉をしており、それを見る事ができるのである。
だがそれは既に、完全に人知を越えたものであって、どのような物かを計り知ることはできない。

その為クオリア次元論では、7次元の定義を最高としている。
しかし実際には、フラクタル的な形で、無限上位次元まで存在するのである。

時空角

7次元の応用として存在するのが「時空角」という理論。
角度を成した別世界へ向かう航行技術だが、通常時空角を持った別の6次元空間は、法則も波動も全く違うので探知できない。
だが、自分の6次元空間同士の衝突が有る場合、時空角と厳密なる衝突膜を設定できれば、ワープが可能になる。


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Last-modified: 2015-04-17 (金) 10:41:15 (857d)