クオリア

とっても説明が難しい単語。
例えば「トマトは赤い」という感覚。
主体的な感覚のことで、それは自身の事にしか証明できない。
隣の人が見ているトマトの色は、自分の目が見て脳が判断している「この赤」であるとは限らない。
自分の青が隣にいる人の赤かも知れない。
トマトの赤は、物理的には可視光の吸収によってスペクトルが欠落し、不均等な形で光が反射しているからだが、
クオリアはそれを指すものではない。
クオリアは「それを赤いと感じている自身の感覚」を指す。主観的なものなのである。

哲学的用語のクオリアとはちょっと使い方が違うが、この企画ではクオリア
「主観的知覚」として使っている。
だから、「クオリアを増やす」という言い方は、沢山の人の知覚を自身の知覚(主観的な知覚)に出来るという意味である。


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Last-modified: 2015-04-17 (金) 11:30:01 (854d)